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- Sofiaのビトーシャ通り、1996年12月。このころのブルガリア通貨レバの対ドル相場は激しく下落していた。この後、IMF勧告に従ってCurrency
Boradが設立され、DMとFix。その後変動が落ち着いて経済が回復していった。
- インフレは当時200%を越えていたのでは。レバ建ての給料は見る見るうちに紙くず同然の価値に。アルバイトをせずして生活はできない状態に。精神的の市民への打撃は大きく病んでいる様子が言葉の端から感じた。もっとも打撃を受けたのは、年金生活者。
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- Dec.1996 and Drive-Inn on the way to Rouse大寒波が押し寄せていた年末、SofiaからRouseへ車で行った。ここはまだSofiaに近いドライブイン。エスプレッソを飲んで一服。
- この後すごい吹雪になる。
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Jan.1997 鉄道資材工場視察。雪の中BDZ関連会社(枕木工場)を訪問
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- この街の名前は忘れてしまった。下のコプリシッツァからプロブディフヘ出る途中の街だったと思う。銅が採れるれるようで、銅製連の工場がある鉱業都市。
- 以前はこの広場はマルクス広場と呼ばれ、地方共産党委員会など中央の出先機関があった。
- 私の背景に写っている建物はホテル。ブルガリアの民家をモチーフにした現代建築。(私感)
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Dec.1997, X'masまえ, Koprivshtitsa
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BDZ研究所前、この中に事務所を開設し、このときはここで仕事をした。国鉄の研究所なのだが既に予算不足に陥り、民営化が決定されていた。周囲は工場が多く食事は車で出かけた。ソフィア駅の東の方角だった。 |
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猛吹雪の中、顔が大分ゆがんでいるが写真ではよくわからない。この奥がドナウ川に架かる国境の橋、その向こうがルーマニアだ。ルセにて。 |
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