わたしのカメラ歴

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カメラに触れる(1970年代)オリンパスハーフサイズ

 カメラを自分で操作し写真を初めて撮ったのは小学4−5年生の頃ではないだろうか。当時、父が持っていたオリンパスのハーフカメラだったと思う。24枚撮りで48枚撮影できるのだからお得な感じがしたのを記憶している。興味が湧いたもののそれは小学生、小遣いが潤沢にあるわけでもなく、白黒フィルム数本のチャレンジだったようだ。その後、中学生になり、友人の家にあった古い二眼レフ(メーカーは忘れた)を譲り受けた。父が出入りしていたカメラ屋へこのカメラを持ち込み、中判フィルム(ブローニー)を買ってもらい、カメラマン気取りで近所を試撮りした。上から覗いてピントを合わせるなんてレトロチックだと子供ながらに感じたものだ。その二眼レフは中学生の時に友人に貸し、そのままになっている。その後、中学校が所有していたNikon F2が使える機会があり、これで秋の運動会を撮影した。シャッターたースピードが速く、スタートダッシュの瞬間とかリレーの流し撮りとか一丁前に撮影した。その結果は校内に貼りだされた。良いカメラだとこんな風に撮れるんだと感心、このF2の印象が後々私をNikon党へ導いている。

借り物Konica C35EFでヨーロッパ(1983年)

 その後しばらく興味がカメラから遠ざかっていたが大学に入った頃から再燃し、いつかは自前のカメラ、この場合一眼レフ、出来ればニコンを考えていた、を持とうと考えたもののNikon F2には到底手が届くはずがなく月日だけが流れていった。他方、父はハーフサイズから35ミリカメラに買い換えたようだったがこのときはあまり興味を示さなかった。このカメラを借りることになったのは大学4年、卒業間際に思い切ってヨーロッパ縦断旅行を決行したときカメラはいるなと思い父からKonica C35EFを借りた。旅費の捻出だけで精一杯でカメラ機材まで予算がまったく回らなかったのが正直なところだ。実際に自分のカメラを持つことが出来たのは2回目の海外旅行を計画していた1985年である。

自前カメラとヨーロッパ旅行-Canon AE-1P(1985年)

 このときは、絶対に自前のカメラを持っていこうと新橋の中古カメラ屋でCanon AE-1P をレンズ付(35-75mm f3.5-4.5)で購入した。最初からCanonを選んだわけではないが、Nikonは高嶺の花、現実的に考えて、Canonに落ち着いた。旅行直前だったので試撮りをする間もなく横浜大桟橋からナホトカ航路で出航した。フィルムは友人からプレゼントされたサクラフィルム(小西六写真工業、現在はコニカミノルタ)の24枚撮りネガフィルム、それ以外は 全てKodachrome64を持っていった。
このAE-1Pは、その後、ザンビア赴任へも同行することになる。ザンビアで200mmを買い足して使っていたが帰国時に譲ってきた。このカメラは私の写真入門機として1980年代中ごろから90年代初頭まで活躍した。これは今でも健在である。


Nikon F3 HP+Nikkor Zoom 35-200mm F3.5-4.5(1992年)

 私のカメラの多くは90年代になってから購入してる。これは収入に余裕が出来たためでであることは間違いない。F3を買うまではCanon AE-1Pこれ一本で通してきた。

1991年、以前からNikonを使ってみたかったことから、カルカッタ出張にあわせてNikon F3を35-200のズームと併せて購入、バンコクとパナマでも活躍した。その後、35-200のズームレンズが使いにくかった(ピントが合わせづらかった)ことからオートフォーカス機であるNikon F90Xs (1996年)をTokina 28-70 f2.8の明るい広角ズームと併せて新品で購入、これはウズベキスタン、インドネシア、ブルガリアなどで結構活躍した。

F90Xs+Tokina 28-70 f2.8 (1996年)

 オートフォーカスというのはこんなに精度の高いものなのかと感心させられた。F3とズームレンズの相性が悪かったのか、ピント合わせに苦労したので余計そう思ったのだろう。さらに、F90Xsと一緒に買ったレンズがTokina、初めてだったが作りはNikon以上との店員説明に納得するような質感のある、そして、F2.8という明るいレンズの組み合わせバランスが良かったのも影響している。

数年後、グリップのゴムが溶けてベトベトになったので全て削除した。


Nikon F2 Silver and Black Bodies (1998年)

F3とF90Xsを購入したがF2への思いは時々うねりのようにやってきた。1998年初頭、旧サイゴンであるホーチミンシティに出張したときホテルの並び、グエンフエ通りのカメラ屋でシルバーのF2+50mm f1.4を見かける。現物を手にしてみた。まさしくこれだ、中学の運動会で撮影に使ったのは。年数を経ていることや実際に使えるF2なのかどうか判断しかねたが、店の主人の反応などから急性疾患にでも罹ったようにこのカメラを購入、直ぐにフィルムを入れて撮影した。カメラに興味を持ちはじめたときにほしかったが買えなかったシルバーのF2と同じだ。後日、露出計をよく見ると動いているときとそうでないときがある。これは年数を経たF2は致し方ないようだ。

翌年、1999年、ハノイへ出張した際ホアンキエム・レイクに面したカメラ屋でブラックのF2に出会った。


POLAROID SPECTRA E (1997年)

ポラロイドは、デジカメの汎用性がなかった頃、調査などに使った。これはこれで便利だった。しかしランニングコストが結構かかったのと、嵩張った。


生活防水カメラ、オリンパスAF-1(1995年)

このようなコンパクトカメラは買わないと思っていたが、生活防水に惹かれたのかいつのまにか手元にあった。友人が持っていて、一度、川に落としたが大丈夫だった。このカメラ、ブルガリアでお世話になった人へ嫁に出した(1996年)ので、今は手元にはない。


Contax T2(1996/97年ごろ)

 オリンパス AF-1を嫁に出してから、コンパクトカメラが手持ちになくなってしまった。それで、以前から気になっていたContax T2を新宿の中古カメラ屋で購入。これは、質感があって非情に使いやすい。なんと言ってもレンズはCarl Zeiss、今も時々使っている。


中判カメラ Pentax 645(2001年)

その後、中判の画質のよさに魅せられてPentax645を中古で購入した。重いけど35mmと比較したら断然画質が良い。海外出張のときは持ち運びが不便にも関わらず購入直後は携行しよく撮った。シリアの地中海に浮かぶ島へ渡るときに、船の上でF90Xなどとともに海水を被ったが問題なく動いている。

問題はこれらの画像をデジタル化することであり、645サイズが読めるフィルムスキャナーが最近で出回っているが購入には至っていないし、その手間が気になり、最近ではOlympus c3030zの活躍の場が多くなってきた。300万画素あると綺麗に取れるものだと感心している。作品例はこちら


デジタル一眼レフカメラ Nikon D100 (2004年1月)

 そうすると次の興味はD100になる。これまでのNikonレンズがそのまま使えるということだし・・・。これまた、出張を機にD100+Tokinaの24-200を購入した。 初デジタル一眼だ。

このとき購入したTokinaのレンズはやや重いので、しばらくしてNikon 18-70mmの中古を購入した。このレンズは非常に使いやすかった。

このカメラではかなり遺影しているが、シャッター回数が確認できないようだ。カウンターが二周りはしただろう。それらの写真は主にこちら(Flickr)に保存している。がこなれてきたのでこれに乗り換えようかと考えている。


ノスタルジックな中古カメラ(2004年9月)

Yashica Electro35GT、Konica C35、Minolta SRT Super、Nikomat ELなどノスタルジックなカメラをオークションで購入、とりあえず眺めているだけ。

親父から借りたままになっていたKonica C35EFは、1980年代初め、ヨーロッパ旅行の時、落としたのだろう、レンズのピント調節が不良になりそのまま保管していた。ある日、会社の人がそれを見つけて使いたいという。その旨説明したら、彼は修理すれば使えると言いカメラ屋へ持っていったら簡単に復活した。そういうわけでその人に使ってもらうことにした。それが気になっていたのだろう、同じ機種を購入した。
 


Contax G2 get! with Planner 2/45、Biogon 2.8/28(2005年1月)

レンジファインダーとカールツァイス、これは使ってみたかったカメラ。やっとのことで中古をゲット。28mmはよく使う。


Minox35GT(2005年2月)

魅せられたカメラの一つ、Minox35GT、ストロボ付きで購入。試し撮りをしたがややレンズの再現度が他のカメラと違う印象。露出計の電池が特殊。


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