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ナホトカ入港(1985年7月1日)
ハバロフスク号は凪のアメリカ湾を滑るようにしてナホトカ港へ入港した。
入国審査、税関を経てソ連邦への第一歩を印す。
イカルスのバスでまとめて太平洋駅へ移動、初めてのソ連邦陸地だ、太平洋駅に着いた時には列車は既に来ていた。
ナホトカ市内観光を申し込んだ旅行者はそのままバスで観光へ 私は出発まで駅でぶらぶらした。
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| アメリカ湾の入り口 | 小さな艦船、愛嬌でしょ! |
日本海へ出たときには気象状況が良かったのか波が穏やかで滑るように航行した。
ナホトカ港のあるアメリカ湾は凪状態、ゆっくりとハバロフスク号は港へ入って行った。
港の奥へ進むにしたがっていろいろな施設が見えてくる。写真を撮っていたらインツーリストの添乗員に注意された。軍関係の施設もあるらしい。小さな艦船が港に停泊していた。
岸壁に横付けされ目の前の建物が入国管理事務所と税関だと知らされる。下船のアナウンスがあり荷物を持って降りていく。
ソ連の第一印象は子供の頃見た風景に近いものがあると思った。これはあらゆるデザインなどからではないかと思った。
ナホトカ入国管理事務所
ものすごーく遠いところまで来たような印象だった。
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| 下船前、港湾施設を眺める | 入国管理事務所 |
入国審査が済み、太平洋駅へ
- 入国審査はすんなり済んだが、税関ではお土産物は持っていないかとか、いくら現金を所持しているかとか何かといろいろ質問を受けた。これが税関なのかと?考えながら答えているうちに終わった。
- 税関を出たところに既にバスがお迎えに来ていた。添乗員付イカルス製バスでナホトカ港から極東鉄道駅へ移動。ここでオプションツアーを申し込んだ人は引き続きこのバスに乗りナホトカ市内見学(日本人墓地など)へ行った。
- 私はそんな余裕などなかったので駅で降ろされ、鉄道が出発するまでの暫くの間、隣人の国ソ連への第一歩を楽しんだ。
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| 港から鉄道駅までのイカルスバス | チーハオケアンスカヤ(太平洋)駅 |
ナホトカ
かつてのシベリアの玄関口、ナホトカ。ナホトカ航路で横浜-ナホトカが結ばれていたが現在は新潟-ヴラジオストックに変わっている。1859年ロシア軍艦が漂流中偶然波静かな入り江を発見した。このとき”ナホトカ(ロシア語で掘り出し物の意味)”といったのが地名の由来。日本人抑留者を送り出す港としても名を馳せた。市内に日本人抑留者の墓地がある。
![]() ナホトカ周辺地図 |
![]() 極東鉄道ナホトカ |
シベリア鉄道
シベリア鉄道はヴラジオストック-モスクワ間を指すが、共産主義時代ヴラジオストックへの外国人立ち入りが制限されていたため、極東鉄道チーハオケアンスカヤ(太平洋)駅からヴォストーク号に乗車し、途中からシベリア鉄道に合流、ハバロフスクでロシア号に乗り換えるのがシベリア鉄道の旅だった。ここからモスクワまで9446km、現在はウラジオストックからなので9297kmとなる。
ナホトカ・シベリア鉄道リンク
- 横浜港大桟橋
- 横浜港大桟橋webcam
- 横浜港湾局大桟橋入港予定
- Trans Siberian Railway- web ensyclopedia
- Trans-SIberia.com
- インツーリスト・ジャパン
- PG世界の街角からフォーラム








