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スイスでスキーSking in Switzerland, December 1990

ツェルマットZermatt、1990年12月

1990年12月、冬のヨーロッパ、マッターホルンを見にツェルマットへ行った。漠然だが、自動車(内燃機関)の走っていないツェルマットを見るのが主目的だった。そして、マッターホルンをただ眺めるだけのつもりがスキーウエアを買い、マッターホルンの横をスキーで滑り降りることになった。これはこれで素晴らしいスキー体験となった。 スキーを担いでケーブルカーへ、そのときツェルマットの医師と知り合いディナーを一緒にしたりとこれまた年末を楽しんだ。 そして、スキーウエアも買ったことだし調子付いてサンモリッツでもスキーをした。 予想外な展開だったが結構楽しんだなー。 Zermatt Photo Galleryはこちら

思いもよらずツェルマットでスキー, December 1990

Zermatt YH (Jugendherberge Zermatt)に宿泊(事前に予約したのだろうが電話を掛けたのか手紙を送ったのか?)、そしたら一人日本人がスキー板を携行して宿泊していた。彼からスキーに誘われ、そうか、この季節はスキーリゾートなのかと思い、ツェルマットの町でスキーウエア一式を購入した。

翌日、二人でゴルナーグラート鉄道(登山鉄道)でGornergrat(3089m)へ、正面にマッターホルンの絶景、ここからツェルマットまでスキーで下った。

このゴルナーグラート鉄道で隣に座った人と話をしたら、ツェルマットの医師だとのこと、夕食をしようと約束し指定のレストランへ、チーズフォンドュの店だった。話をしていたら医師が相方の顔の疣のようなものを見つけて診療所へ行こうということになり、その後、ボスに挨拶方々、行った。

どこをどうやって雪道を歩いて行ったのか覚えていないが、簡易な治療の後、Fiatの小型車を出してきて送るぞ、ということになった。ツェルマットの町で自動車に乗れるのは医師と警察などの緊急車両だけだと。

翌々日は、ツェルマットの町からロープウェイでクライン・マッターホルン展望台Matterhorn Gracier Paradise at 3883mへ一気に登り、そこからスキーで下りてきた。

zermatt, Matterhorn zermatt
ツェルマットの町から
マッターホルンを望む
花の飾りがポイント
ここでフォンデュを囲んだ
from Gornergrat
マッターホルン

ツェルマットの町

ツェルマット(Zermatt)は、スイス南部のアルプス山脈、マッターホルンの麓に位置する標高約1600mの山岳リゾート地

ツェルマット(標準ドイツ語:Zermatt、スイス方言(アレマン語):Zärmat)は、スイス、ヴァレー州のマッターホルン山麓にある基礎自治体(アインヴォーナー・ゲマインデ)。

スイス最高峰の麓に広がる、標高1,620 m (5,310 ft)のマッタータル溪谷の最上流部に位置する。イタリアとの国境である高さ10,800 ft (3,291.84 m)のテオドール峠とは、約10 km (6.2 mi)の距離がある。

19世紀中頃までは農村であったが、1865年のエドワード・ウィンパーによるマッターホルン初登頂を契機に周辺の山々への登山ブームが起きると、多くの観光施設が建設された。

zermatt電気自動車以外の自動車は緊急車両を除き通行禁止のとっても空気が良いマッターホルンの麓の町。

St.Moritz サンモリッツでもスキー, December 1990

st.moritzツェルマットでスキーをした後、氷河特急の終点であるサンモリッツでもスキーを滑ろうと考えた。その後にミラノへ抜けようと。サンモリッツは冬季オリンピックの開催地でもあり、歴史ある山岳観光地で老舗ホテルが立ち並ぶ地区があり、その様子も見てみたかった。

宿泊先はツェルマット同様にYH、雪景色で見えなかったが、目の前がザンクト・モーリッツァー湖だった。St.Moritz駅からは歩いた形跡があり、この湖の上を歩いてきた。YHは設備が整っており食事も美味しく快適だった。一人だったので夕飯はYHで取ったが、肉(多分、チキンのモモ肉)と野菜の美味しい料理だった。料金も非常にリーズナブルで助かった。この時、2-3家族が宿泊していただけで閑散としていた。その晩、気温がマイナス25度まで下がり、その寒さを体感すべく外へ出てみた。

ここは一人でのスキー、ロープウェイで山の上まであがり、そこで日光浴を楽しみゆっくりと降りてきた。

翌朝、YHでスキー場へのリフトを教えてもらい、湖を上を渡って行った。

Jugendherberge St.Moritz


 

サンモリッツを偲ぶ絵葉書

サンモリッツの地名くらいは知っていた程度だった。St. Moritzと表記し、ドイツ語である。今回はツェルマットからサンモリッツまで氷河特急に乗ってきた、殆ど寝ていて車窓からは雪景色だった程度しか記憶にない。

サンモリッツは、スイスのグラウビュンデン州にある基礎自治体 (ポリティッシェ・ゲマインデ) 。公用語はドイツ語とロマンシュ語。

イン川沿い、サンモリッツ湖の湖畔に位置する。夏にはハイキング、冬にはウィンタースポーツが盛んで、近くに鉱泉も噴出しているため、年間を通じて多くのレジャー客、保養客を集める。イタリア国境に近く、国境まで直線距離で約15キロメートル程度(ただし、山岳地帯を隔てており実質的な距離は遠い)。近隣の都市としては、約45キロメートル北西にクールがある。

グレッシャー・エクスプレス(氷河特急)やベルニナ・エクスプレスなど人気の絶景ルートの発着点にもなっている。

歴史的に温泉地として知られていたが、本格的な観光地化が進んだのは庶民の間に旅行が定着する19世紀後半以降である。特に英国でリゾート地として知れ渡ることになり、1859年にはサンモリッツに最初のホテル(クルム・ホテル)が開業する。その後はウィンタースポーツの地として徐々に発展していった。多くのスイスの都市が観光産業に着目して発展していくが、サンモリッツはその先駆けとしての役割を果たした。

19世紀末には市街電車も開通し、20世紀に入ってからはゲレンデの本格的整備も進められた(スイス初のリフト設置もサンモリッツである)。

サンモリッツは、第2回冬季オリンピックを1928年に開催した。その後、第二次世界大戦後の1948年にも2度目の冬季オリンピックを開催した。絵葉書はその時のポスター。

st.moritz st.moritz st.moritz

ソフィアへのトランジットでチューリッヒへ(1997年)

多分、チューリヒはこの時で3度目の滞在だっただろう。ソフィアへの出張のフライトがスイス航空だったのでチューリッヒ経由となり、一泊した。1983年、1990年に滞在したことがあるがその時はYHに宿泊した。

このトランジットで宿泊したホテルはSwisshotelでスイス航空系、Zürich Oerlikon駅前に位置した、チューリヒ湖の北側に位置し、チューリヒ空港に近かった。

記憶に残っているのがSwisshotelのベッドのマットレス、ものすごく寝心地が良く、将来的にこのマットレスを購入したいと思ったが、メーカーを確認するのを失念した。

それと、ラップトップPCのACアダプタを部屋に忘れてきて、ソフィアで気が付き連絡をしたら、部屋にあったとのことで、ソフィアまで送ってもらった。

zurich  
Swissotel近くの広場、マーケットにて  

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Zermatt Forecast"